新たな一歩

ギフテッドについて誰か大きな声で世間に叫んでくれたらなぁと、4年ほど前に考えていたことを思い出しました。

ぼんちゃんは学校では凹*が目立ってしまっていて(もちろん、凸があることも先生は認めて下さっていながらも)、

なんとなくギフテッド=天才(何でもできる)というようなイメージの中で、その誤解を一つ一つ解いていくほど

の精神的強さもなく…

*ぼんちゃんは障害もあるため、それは致し方ないことでもあって、しかしギフテッドの説明→2Eの説明など、素

人の私では難しいというか、先生方に対し説得力がまるでないんですよね。当たり前なのですが。

そして、私自身小心者であるため、とてもそんなこと大きな声で叫べないや、とうやむやにしてしまっていたのです。


いつしか時が経ち、ぼんちゃんも私も(忙しいながらも)何とか生活が落ち着いてきたこの頃。

私の住む地域の近くにギフテッドの支援団体”IGEC浜松”ができました。

支援団体メンバーは、

■自閉症の会のメンバー

■知的障害者支援の代表

■LDの会の代表

■貧困対策や地域活性化などを目的としたまちづくり委員の委員長

■LGBTの会の代表

などなど、様々なマイノリティーを支援する会のメンバーたちから構成されています。

そのような支援団体と親の会”ギフテッド応援隊”主催のもと、インクルーシブなギフテッド教育を進めようと、勉強会

を開くことができたのです。

※この勉強会の窓口は浜松市で行ったため、IGEC浜松が窓口となっております


子供達の状態を正しく伝えていきたいというギフテッドのお母さんたちの思いに反し失敗してしまったこともありまし

たが(反省)、それでも当日の勉強会には100名以上の方々が来場され、それも親御さんたちだけでなく、支援の方々・

教育機関の方々・市議会議員の方々…様々な方々が参加して下さり、そして支援の側にいらっしゃる先生方も勉強会の

内容に大変感激してくれたことが私としてはとても嬉しかったです。。。(講師の先生が本当に素晴らしいスライドを

たくさんご用意して下さって…)


講師の先生方には無理を言ってしまいましたが、これは新たな一歩であった、と確信しております。

本当にありがとうございました。

そして、ブログ上でしかお話したことのなかった方や、応援隊の皆さんともたくさんお話ができて、それもまた刺激と

なりました。


私はブログ上でギフテッドという概念に携わって(?)きたというだけで恐縮なのですが、挨拶をさせていただきまし

た。

すべての子供達の明るい未来へと繋がる教育となるよう、思いを綴った挨拶文を転載させていただきますね。

(転載したら文字が大きくなってしまいました。すみません^^;)


**********************


 私が「ギフテッド」という言葉を知ったのは、6年前のことになります。

私には今11歳になる息子がおりますが、彼は5歳のときに、アスペルガー症候群と診断を受けました。

当時、誰に相談できるわけでもなく、そこで、誰も見ないだろう・・・と、自分の思いをブログに綴る

ことにいたしました。その時に、「それはもしかしたらギフテッドかもしれませんよ」と声を掛けてく

れたアメリカ在住のお母さんがおりました。その方のお子さんは数学のギフテッドとして、アメリカで

ギフテッドプログラムを受けておりました。そのお母さんの呼びかけで、多くの日本に住む親御さんた

ちがブログ上に集まり、日々の悩みや子供の得意なことなどを話し合うようになりました。

 今日登壇して下さるMさんも、そのお母さんが繋いで下さったお一人です。

 そして、2年ほど前から日本でも親の会を作ろうと、「ギフテッド応援隊」代表のKさんが尽力してく

ださり、今に至ります。

 ギフテッドというと、「天才」やら「高い才能」という部分に目がいきやすいのですが、私がこれま

の6年で思い至ったことは、「その子らしく生きることがいかに大切であるか」という点です。個人

個人が生み出す結果は一つの成果にすぎず、いかにそれがきらびやかであろうと、本人が幸せでなけれ

ば何でもないのです。そして、何よりも大切な「自分は生きるに値する人間である」と、社会から受け

入れられるための安全な場が必要であると、強く思うようになりました。

 もしかしたら、今日初めて「ギフテッド」という言葉を耳にする方もいらっしゃるかもしれません。

そして、今日1日でその理解に至るということもないかもしれませんが、そのように生きている子供たち

が現実にいるのだということを知っていただけたらと思います。

 どうぞ、これからの2時間、ギフテッドとギフテッドに適した教育、そして、枠にとらわれない学びに

ついて、ともにこの空間で学び・お考えいただければ幸いです。

 ギフテッド応援隊・IGEC浜松を代表しまして、Aより開催のご挨拶とさせていただきます。


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by icecream07 | 2018-03-14 11:44 | ギフテッド/2E

このところ、ギフテッドについて考えています。
ぼんちゃんがギフテッドならば、ASD・ディスレクシアという障害もあるため、2Eということになります。
ぼんちゃんが学校に通っていた時の自分の悩みを振り返ると、
「ぼんちゃんにとって、漢字の書き取りは意味はあるのか…」
や(漢字だけでなく、宿題に取り掛かるまで大泣き1時間、宿題10分で終了、というように、ダブルで苦痛)、忘れ物・体育での着替え(遅い)などで悩んでいたように思います。
もちろん、朝怠そうに起きてきて、自発的に登校したがらない毎日も悩みでしたが…

不登校になった直接の原因は、担任教師がぼんちゃんだけでなく、クラス皆の口を塞ぐような叱り方を繰り返したため。
けれど、元々学校は好きではありませんでしたし、遡れば、幼稚園も、それ以前に一年ほど通った保育園も好きではなく、毎朝通うのが大変でした。
それを思うと、不登校となったのは必然だったようにも思えるのです。
そして、その原因がASDであるのかギフテッドであるのか、私にはいまだよくわかりません。

先日、ASDかつギフテッドである大学院生のお子さんがいるお母さんとお話する機会がありました。
「うちは不登校にはならなかったのよ、だって『学校は行くもの』という決まりが彼にあったから。この間の大雪の日だって、大学は休講だったのに、『やらなきゃいけないことがあるから』って行っちゃうのよ…」
と。
ASDだから不登校にならない、という話ではありません。
こうしたこだわりもあるのか、と、驚いたという話です。
そんな彼なので、小・中学校には通っていたものの、自尊心はとても低かったのだそうです。
何しろ、凹ばかりに注目され、それを問題視されることが多かったようなので。

彼はこのあたりで一番の進学校へ進みました。
その学校はもちろん優秀な子供たちが集まっているのですが、優秀な分、先生の干渉が少なく、伸び伸びできるとのことです。
そこで少しずつ自己肯定感が増していったのだと、そのお母さんは仰っていました。

「今ぼんちゃんママさんは何を悩んでいらっしゃるの?こうしたこだわり?お友達とトラブルがあるとか?」

不意に聞かれて、私は返答に困りました。
もちろん諸々悩みはあるのですが(協調運動のことや、ディスレクシア、不安障害…)、何よりも私が悩んでいるのは、できるのにやらないこと…なんと言えばいいのか。

「才能を伸ばしてあげたいのに、それができないから悩んでいるんじゃないの?」
!!
「あ、そうです!それで悩んでるんです。どう伸ばしてあげたら良いかわからなくて!」

驚いて、思わず声をあげてしまいました。

「良かった!そうじゃないかと思ったの。私もそうだったから。」

そのお母さんからそう言っていただけて、私はなんだかホッとしました…

私がギフテッドという言葉を知って、6年になります。
ぼんちゃんは好きなことがコロコロ変わるし、幼稚な部分、オッさんな部分、いろんな特徴があって、コレ!という得意なものもなく(私が見つけてあげられていないだけかも)、私が知識として知っているギフテッドに当てはまる部分はあれど、ぼんちゃん=ギフテッドと他者に向かって言っていいのか?という逡巡は常にあり…(というのは、障害もあるため、そのつらさを一般化していいかどうかわからなくなる時があるのです。つまり、つらい”原因”をどこに定めて良いのか悩んでしまう。一番大切な部分なのに)
ただ、ぼんちゃんの生き生きとした知識欲は常に学校外に”あった”というのは事実です。
科学博物館、美術館、動物園、水族館、読み聞かせ、映画etc

学校では心が死んでいたというか、、、死なされていたというか。

これ、多くのギフテッド児もそうなんでしょうか。
私は、今の日本の公教育ではギフテッドの子供たちは「本人の意思に反して精神的に死んでいく」のでは、と考えているのですが、そうでないお子さんもいるのかしら…

私がそうした子供たちに対して「まず救ってあげなければ、存在を認めてあげなければ」と考えたのは、自分の経験と、ブログを通して知ったお子さんたちの苦労を知ったからです。

「自分は生きるに値する人間である」という当たり前のことを受容する日本社会になればなぁ、と、思います。

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by icecream07 | 2018-03-07 12:58 | ギフテッド/2E