私たちの目的とは…

また、なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか。兄弟に向かって、『あなたの目のちりを取らせてください』などとどうして言うのですか。見なさい、自分の目には梁があるではありませんか。偽善者たち。まず自分の目から梁を取りのけなさい」(マタイ7:3・4)

多分、このランキングにも参加していない私のブログもお読みでしょうから、書くことにいたしますね。

意見に対する反論ではなく、他者のこき下ろし・誹謗中傷などを繰り返すことは、あなたの・そして私や他の親御さんの第一の目的であるギフテッドの啓蒙とは関係のないことですし、何より渦中にいる親御さん、子供達にとっても不利益なことだと思いませんか。
(どちらの読者さんも情報が得られなくなってしまうのだから)

そして、

教祖
信者

などと、なぜ書くのですか。
私たちはそれぞれ子供に向き合い、その全てをあなたの書くところの教祖の意見に従って行動しているわけではありません。
個人個人、有益な情報は参考にさせていただいているでしょうが、それ以上でも以下でもないのです。
きっと、他の方々もそうでしょう。
彼女は私や他の方々の教祖ではなく、友人なのですから。

こうして私が意見を述べているのは、あなたが、今まさに渦中におり、子供にとって最善な道はなんだろう?と悩む親御さんに対しても蔑み、そうした親御さんのためにと時間がない中で翻訳をしてくれたmaiさんに対して洗脳であるなどと誹謗中傷の記事を書かれたからです。
そうして「私のギフテッド論が正しい」と足を引っ張ることで、果たして子供達は救われるのでしょうか。

私たちの目的は、子供達を救う(認める)ことではないのですか

私のことについては、あれが暴論だとあなたが”感じられ”たならば仕方ないです。
言葉は尽くしたつもりです。
きっと、しっかり読んでいただけたらご理解いただけると思います。

一点だけ言わせていただくと、私はヨーロッパにいたことがないわけではありません。
遠い昔、一時期イギリスにおりましたし、今でも友人がおりますので、全く歴史や文化を知らぬわけではないとだけ、書かせていただきますね。

あなたと、私と、他の親御さん方の目的であるギフテッドの啓蒙が良い方向に行くように願っています。

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by icecream07 | 2018-02-09 21:39 | ギフテッド/2E

お久しぶりです

ずいぶん久しぶりの投稿となってしまいました…
思っていたよりも仕事が忙しくなり、全く身動きが取れなくなってしまったのです。
(ありがたいことですが)

一つ、とても興味深い文章を見つけましたので、個人的なメモを兼ね、シェアしたいと思います。

「トマス・アクィナス 理性と神秘」山本芳久著 岩波新書 より引用

アリストテレスが述べているように、人間精神は、最初は、「何も書かれていない書字版(tabula rasa)」のようなものである。だが、知性と感覚-視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚-という認識能力を兼ね備えていることによって、人間は、自らの精神を認識を通じて次第に豊かなものとしていくことができる。(略)
そのことは、認識能力を有さない他のものと比較してみると分かりやすい。たとえば、石には「経験」を積むということはない。別の言い方をすれば、石には「世界」が開かれてくるということはない。(略)
人間の場合には、それ(五感などの感覚的世界の経験)だけではない。「知性」によって「すべての可知的な形相を受容する」-宇宙万物の在り方を知的に認識する-ことができる。これが「魂はある意味においてすべてのものである」というアリストテレスの言葉の意味するところのものだ。
それに対して、「すべてを観たまう者(神)を観る者、その者の眼に入らないものがあろうか?」というグレゴリウスの言葉は、天国において顔と顔を合わせて神を直視している至福者たちの在り方を捉えたものである。(略)
愛に満ちた魅力的で熱い語り口ではあるが哲学的な基礎づけを伴っていないグレゴリウスの言葉と、冷徹に人間精神の可能性を哲学的に分析しているアリストテレスの言葉が絶妙な仕方で結び合わされることによって、トマスは、熱烈な宗教性と冷徹な哲学的認識とが相互浸透する魅力的な世界を読者に開示することに成功しているのである。

これは、中世において最大の神学者であり哲学者でもあったトマスの文章を解説した箇所ですが、グレゴリウスの(キリスト教徒にとっては)耳に心地よい(だが、宗教性に傾いており、具体的な肉付けがされていない)言葉に対し、アリストテレスを引用することにより、つまりはこういうことなのですよ、と読者に開示しただけでなく、更にグレゴリウスの言葉を熱狂的で感覚的なものから更に高次のものへと引き上げることに成功しています。

言葉というものはとても難しく、その表層の部分から感じ・考え、喜んだり悲しんだり熱狂したりということもあろうかと思いますが、やはり分析をするということは面倒がらずにするべきだなぁと改めて思いました。

なぜなら、その言葉…概念…は、誰のものでもなく、放たれた瞬間から公となるのだから、様々な視点より議論を重ね、その言葉自体をより豊かにしていくことは我々にとっても有益であると思うからです。

別の興味から手に取った本でしたが、山本芳久先生の解説から言葉(概念)についてのトマス・アクィナスのまさに神業のような偉業に舌を巻きつつ、身近なことであれ、それらを掘り下げていく鍛錬を積もうと改めて考えさせられました。


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by icecream07 | 2018-02-06 08:41 | 本など