独り言は想像性OE?

最近、アスペルガーってどんな状態なのかなと考えていました。
ぼんちゃんは時々場違いな時に私に(そっとなんですが)話しかけてくることがあり(たとえば、私が他の人と話している時など)、本人にとっては緊急なのかもしれないのですが、仕事のお話をしている時はさすがに「空気が読めないとはこういうことか」と考えたり…

逆に、長らく特性かなと考えていた独り言は、ひょっとして想像性OEというものかも?とも思いました。

先日、レゴで巨大なタワーを作っていたぼんちゃんなのですが、ミュータントタートルズのフィグを一番上にのせて、

「いい眺めだ…」

などと一人人形劇を繰り広げておりました。
一体どんな眺めだったんでしょう。

この”一人人形劇”はほぼ毎日、突然始まります。
レゴの場合もあれば、冷蔵庫にくっつけてあるマグネットの場合もあります。
複数のマグネットを移動させては、物語を作っています。
これは幼稚園の頃から変わっていません。


マインクラフトも大好きで、今は私の家(村?)を作ってくれているようです。
チラッと見たら、フクロウと馬を飼っていました。
私の村というより、ぼんちゃんの村みたい。
マインクラフトの中にたくさんお家を持っているぼんちゃんです。




[PR]
# by icecream07 | 2017-01-25 22:31 | Comments(4)

心動く夜

昨晩、ひょんなことからLIVEに行くことになった私とぼんちゃん。

なぜ私たちがLIVEに行くことになったかというと、LIVE会場である友人のカフェに行った際、そのアーティスト(Tさん)がちょうどランチを取っており、友人が私たちを紹介してくれたから。
Tさんはぼんちゃんの大好きな宮崎駿さんの映画で声優を務めたこともあり、LIVEに行きたい…でも通常のLIVE会場とは異なる小さなお店で静かな曲を聴くのは不安…とぼんちゃんは悩んでいました。

Tさんはぼんちゃんとたくさんお話をしてくれました。
不登校の話や旅の話など。
最後に、

「今日LIVEに来るか来ないかは君次第だよ。来てみて『やっぱり違った』と帰ることもできる。でも、来なきゃ良いか悪いかもわからないんだ。」

と悩むぼんちゃんの背中を押してくれたのです。

LIVEはTさんの素敵な演奏と歌声、そしてあたたかく楽しいお話で、私もぼんちゃんもしみじみ感動してしまいました。
(小さな時は寝つけない子供で、あまりに酷い時は『真夜中のパーティ』と称して蝋燭を立ててアイスクリームを家族みんなで食べたお話、悪夢に悩まされたお話…。ぼんちゃんはうんうんと聴いていました)

*******

静かだけども心に大きく響くような出来事のあった日というのは、その反動が凄まじいです。
気持ちが昂ぶっているのか、なんなのか。
大泣きして寝ました。

その後、Tさんからメッセージが届きました。
国内を旅するときにぼんちゃんを連れて行きたいと。
ありがたいですね。
親としてはいろいろ心配ですけどね💦
ぼんちゃんはもっと自由に生きて、自由に表現をしても良いのかもしれません。

[PR]
# by icecream07 | 2017-01-22 15:27 | その他 | Comments(4)

感受性(感情性OE)

ぼんちゃんの感情の起伏の激しさを考えた時、私はそれが障害によるものなのか何なのか、よくわかりませんでした。
(今でもよくわかってはいないのですが…)

ぼんちゃんが11ヶ月の頃、私の歯の手術のために断乳をしたのですが、「ここよ、ここよ」という絵本を読むと、最後のオラウータン親子の絵(赤ちゃんオラウータンがお母さんに抱きついている)を見て、困ったように笑って、その内悲しげにワンワン泣いていました。

ぼんちゃんはお話を始めたのが早い方で、1才半で既に「眩しい〜」
と両手で目を隠したりしていたのですが、それ以前から言葉を介さなくとも意思の疎通ができていると私は感じていました。
って、これは多くのお母さんが感じられていることかもしれませんが、なんというか…赤ちゃんとはこうも激しく意思表示をするものなのか!と、いつもヘトヘトでした。

その内穏やかになるかしら、と思っていたのですが、それは今でも変わりません。

お正月に私の実家に行った際(私は仕事で行けなかった)、ぼんちゃん従姉妹のSちゃん3才が帰りたくないと駄々をこねるといけないからと、Sちゃんが帰る時に一緒に車に乗り、近くを一周したのだそうです。
一周して帰ってきた時、なんと赤ちゃんのように大泣きしていたのはぼんちゃんだったというオチ!
ちょうど電話をした時は大泣き真っ最中。
本当にエーンエーン!と泣いていたのでびっくりしました😱

そんなぼんちゃんですが、感受性豊かな部分が苦手とされる共感性に活かされることがあります。

ぼんちゃんは困っている人や動物への支援を見かけると放っておくことができません。
先日は突然、
「ホームレスの人たちへ、お年玉から食べ物の寄付をしたい」
と、自ら支援団体を見つけてきて、カップ麺や缶詰等を1人で全て用意し、送付リストを作り、箱詰めまでしました。
私はぼんちゃんのそういう”いてもたってもいられない”といった気持ちと行動力が大好きです。
また、今回は大切なお年玉から食べ物を用意しました。
そんな時のぼんちゃんは、普段の面倒臭がりで吝嗇(に、見える…私の前では。)ぼんちゃんとは大違いです。
これもまた、ぼんちゃんの生きがいの一つなのでしょう。

f0364728_22352479.jpg



それらを感情性OEと言ってよいのかわかりませんが、とにかく”激しく悲しみ、激しく喜び、激しく共感する”ぼんちゃんです。
(痛みも、音も、いろんなものが激しく感じられるようで、特にCMの真似は特徴を掴みながらも本物よりもちょっぴり大袈裟なので、いつも大笑いしてしまいます)


[PR]
# by icecream07 | 2017-01-20 21:43 | ギフテッド/2E | Comments(6)

登校やめました

いろいろ悩んだ末、ぼんちゃんは親公認の(?)不登校児となりました。
担任は一生懸命理解しようとしてくれてはいますが、やはり現段階では全くぼんちゃんと合わず、先週も教室まで辿り着けなかったぼんちゃんに、
「このままだとまた入院になっちゃうのよ。わかる?」
などと言うので、私はヒヤヒヤしていました😱
(心配しての言葉なんでしょうけれど、なぜかいつもぼんちゃんが一番言われたくない言葉を掛けてくるのです…)
また、ぼんちゃんではありませんが、ある特定の児童を罰として机ごと廊下に出して叱っているようで(既に2回も)、ぼんちゃんはそれにも恐れおののいていました。

誰にも非難されず家にいることを許されたぼんちゃんは上機嫌です。

将棋を指し、
ゲームをやり、
音楽を聴いて、
ニュースをチェックし、
散歩をし、
将棋を指し、
ゲームをやり、
huluを視聴し、

というような一日。
私は暇ながらも仕事はあるため、常に相手ができるわけではありませんが、楽しそうです。

ところで、凸支援も必要だなんて書いたわけですが、ぼんちゃんの凸って一体なんだっけ?と、悩んだ私。
そんな時にrobo君ママさんにいただいたお返事を読み、ああ!その通りなのかもしれない!と励まされました。
それは、知的探究心。
テーマに一貫性がないため、なぜこんなに興味があっちゃこっちゃいってしまうんだろう!と心配していたのですが、それだけ様々なことに刺激を受けているのだろうと思いましたし、タイミングに合わせてそれらを深く掘り下げてあげることも彼にとっては刺激になるかもしれないなと思いました。

今日は病院だったので、主治医に当分学校を休む旨を伝えました。
主治医は僕の意向とは異なると。
そこで勇気を出して、
「登校しようとすると不調になってしまうのは発達障害の問題だけでなくギフテッドでもあることによる複合的な問題なのではないでしょうか?」
と聞いてみました。
すると、主治医は
「知的に高い発達障害の子の大半はそうだよ」
と。
しかし、
「文科相からインクルーシブ教育(通常級において一人一人のニーズに合わせた教育)の通達が出たばかりだから、僕は専門家もいないのにそれは不可能だろうと思っているけど、なんとか今の学校とうまくやっていかないとこの先も通えなくなるんじゃない?」
というようなことを仰っていました。
なんだか矛盾しているような気がしますが😓
とりあえず主治医も「校長含め指導法が良くないから教育委員会に言いなよ」と言っていましたが、いきなりこんな話をしても理解されるわけがないので、少しずつお話していこうかなと思っているところです。

[PR]
# by icecream07 | 2017-01-17 20:19 | 登校-不登校 | Comments(11)

凹支援だけではなくて

ぼんちゃんは小学1年生の一年間は市で行っていた療育に通っていました。

物を貸したり借りたり
挨拶を覚えたり
ありがとう・ごめんねの場面を作ってみたり

今思い返すと、幼稚園の頃から特にそれで困ったことのないぼんちゃんにとって、その療育が必要だったのかどうかわかりません

また、国語(読解)や道徳が得意だったので、そうした場面の応用(類推)もきいたのかもしれません。

2・3年では小学校の通級指導に通い、漢字九九や協調運動障害の練習(力加減等)をしてきました。

手厚い支援を受けてもなお、ぼんちゃんの心は晴れません。

それどころか、4年生で気の合わない担任になった途端に不登校となってしまいました。

ぼんちゃんにとって、ボールが優しく投げられたというのは褒められて嬉しいこととはまた異なります。
また、昇降口で足が止まってしまった時に「”休憩ルーム”でパニックがおさまるのを待ちましょう」というのは侮辱されたように感じるようで、更に怒りで肩を震わせ「人の気持ちを何もわかっていない」と涙をいっぱい溜めてこちらを睨んでいます。

学校は(病院も)ぼんちゃんにとっては凹支援によって凹を自覚せねばならない場所であり、そのたびに心が死んでいく(ぼんちゃんによると)場所であるのでしょう。
ぼんちゃんの深く広い内面世界は発達障害特有のものとされ、話す相手もおりません。

どうして10才の男児がこんな孤独を味合わなければならないのでしょうか。

そんなぼんちゃんを理解してくれる先生がいたらなぁ…

と、時々思います。
凸支援があったとしたならば、気持ちも安定するのではないかしら。

[PR]
# by icecream07 | 2017-01-13 23:09 | ギフテッド/2E | Comments(8)