2017年 09月 01日 ( 1 )

障害がある子もない子も、全ての子供が(望めば)適切な配慮のもと、通常学級で学ぶ機会を得られる、という、2010年に文科省が方向性を示した教育理念。
日本にはギフテッドという概念はないので、そのような子供たちもそこに含まれるのだと思います。


適切な配慮、これは昨年施行された障害者差別解消法において、現場(学校)にもやっと「困難を抱える子供たちが無理なく教育を受けられるように配慮しましょう」ということが義務付けられました。
また、今年2月施行の教育機会確保法により、ホームスクールは認められなかったものの、従来の”学校復帰が大前提であった不登校対策”が、フリースクールなどでの多様な学び方が認められ、今に至ります。
(これは加計問題で一躍有名となった前川元事務次官の功績でありましょう)

というわけで、表面上、今の日本には、

どの子供たちも適切な配慮のもと、等しく学ぶ機会がある

わけです。

しかし、現実問題として、現場の先生方の理解(勉強)不足や、その原因でもあるような気がする先生方の負担を考えると、インクルーシブ教育は実現可能なのか?とすら思います。

ぼんちゃんの小学校の場合、ディスレクシアの正式な診断書を持っていたのはぼんちゃんだけだったのと、通級指導の先生が熱心な方だったので、比較的簡単にiPadの使用などが認められました。
しかし、その活用法については通常学級の先生はわからず(当然ですが)、週1時間の通級指導の時間に、先生と私とぼんちゃんで活用法を探る、という結果でした。
そして、ぼんちゃんの不登校、熱心な通級指導の先生の異動などがあり、結局今は学校とフリースクールの間にソーシャルワーカーさんが入って下さって、一応の籍は小学校にある、という状態です。

ところで、義務教育の間は2回ほど知能検査を受ける機会があると思います。
ぼんちゃんも2年生か3年生の時に受けた記憶があります。
その結果が良かったので、当時の担任の先生が驚いて、私に報告してくれました。

ぼんちゃんは、ポテンシャルはあるのだと思います。
しかし、通常の学び方ではうまくいきません。
現場も困惑、私たち親も困惑、病院は頼りにならず。
そして、文科省の素晴らしい”インクルーシブ教育理念”も今のところ、うちの場合は頼りになっていません。
…一応、いろんな配慮をしてくれたのですが。

となると、インクルーシブ教育を提唱するならば、やはり具体的に個々の子供たちの状態を知るということは教育上必須となるのではないか、と私は思うのですが、それって差別的行為なんでしょうかね…

なんてことを思いました。

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by icecream07 | 2017-09-01 08:43 | 登校-不登校