凹支援だけではなくて

ぼんちゃんは小学1年生の一年間は市で行っていた療育に通っていました。

物を貸したり借りたり
挨拶を覚えたり
ありがとう・ごめんねの場面を作ってみたり

今思い返すと、幼稚園の頃から特にそれで困ったことのないぼんちゃんにとって、その療育が必要だったのかどうかわかりません

また、国語(読解)や道徳が得意だったので、そうした場面の応用(類推)もきいたのかもしれません。

2・3年では小学校の通級指導に通い、漢字九九や協調運動障害の練習(力加減等)をしてきました。

手厚い支援を受けてもなお、ぼんちゃんの心は晴れません。

それどころか、4年生で気の合わない担任になった途端に不登校となってしまいました。

ぼんちゃんにとって、ボールが優しく投げられたというのは褒められて嬉しいこととはまた異なります。
また、昇降口で足が止まってしまった時に「”休憩ルーム”でパニックがおさまるのを待ちましょう」というのは侮辱されたように感じるようで、更に怒りで肩を震わせ「人の気持ちを何もわかっていない」と涙をいっぱい溜めてこちらを睨んでいます。

学校は(病院も)ぼんちゃんにとっては凹支援によって凹を自覚せねばならない場所であり、そのたびに心が死んでいく(ぼんちゃんによると)場所であるのでしょう。
ぼんちゃんの深く広い内面世界は発達障害特有のものとされ、話す相手もおりません。

どうして10才の男児がこんな孤独を味合わなければならないのでしょうか。

そんなぼんちゃんを理解してくれる先生がいたらなぁ…

と、時々思います。
凸支援があったとしたならば、気持ちも安定するのではないかしら。

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by icecream07 | 2017-01-13 23:09 | ギフテッド/2E